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クジャクヤママユ

 クジャクヤママユ.

 どこかで聞いたことのある響きではないでしょうか.そうです.「僕」が潰してしまったエーミールの蛾の標本です.エーミールという感じの悪い,いけすかない友人がいて,そいつがクジャクヤママユをさなぎから孵すことに成功したという噂を聞きつけた僕は彼の部屋を訪れます.彼の不在中,展翅している最中だったそれを,「僕」はあろうことか盗んでしまい,あげくポケットにつっこもうとしてぐしゃぐしゃにしてしまったのです.そのことを知ったエーミールは,怒るわけも泣くわけでもなく「そうか,そうか.つまりきみはそんなやつなんだな」と蔑むわけです.

 

 上記の小説の題名は「少年の日の思い出」です.調べたところ,中学の国語の教科書のうち約 8 割に採択されているそうです.国語の教科書というのはいくつか会社がありますが,だいたい採択される作品は決まっています.よって,違う会社の教科書を使っていても,インターネット上のコミュニティや,出身中学の違った高校生や大学生同士で昔の作品を懐かしむ共通の話題ができるわけです.まともな大学生活を送っていないと,共通の話題が大学受験とセンター試験の話題だけになって詰むらしいぞ.あげく,相手が塾講師をやっていたりなんかすると「今数 IA の最後で『統計』やるじゃん.あれの『標準偏差』がどうにも覚えられなくて」なんて言われたりして,面食らうわけです.センター試験 IA を見て,「なんで整数問題があるんだよ! ユークリッドの互除法ってなんなんだ!」となるわけです.

 

 閑話休題.ここからは中高時代の懐かしい作品を振り返ってみます.

 まず「走れメロス」.有名ですね.有名なわりにはあまり内容を覚えていません.とりあえず冒頭でメロスはアホってことを強調をしていた気がします.メロスには政治が分からぬらしいです.それ読まされてる中学生も,まあ同じくらいアホなんですけどね.で,なんやかんやあってセリヌンティウスを人質にしてしまいますが,メロスはのんきに昼寝してしまいます.でも,まあタイトルに書いてあるんで,最終的には頑張って走ってぎりぎり間に合います.まるで計画的に夏休みの宿題ができない中学生ですね.この作品を読んでいる中学生も彼に親近感を持ったでしょう.で,セリヌンティウスも「信じてたぜ」とか言って最終的に抱き合います.しかも裸に近い格好だと思います.お前らホモかよ.っていうか,セリヌンティウスも大概アホだな.やっぱり似た者同士集まるのか.結局,この作品をもって,中学生は何を学習するべきだったのでしょうか,未だによく分かりません.

 

 次に高校時代の作品ですが「山月記」.臆病な自尊心と尊大な羞恥心のために,虎になってしまった李徴のお話です.これ,ぶっちゃけ今になって思うとなんか分かるなあ,と思ってしまうわけです.京大生なんて変なプライドだけはいっちょまえに持っていますからね.アホなんですけど.……いや,まあメロスよりは賢いと思います.でも,今の荒んだ心だと,ケモナーかなって感想しか出てきません.ケモナー界隈で虎って,狐とかほど人気ではないのかと思いますけど,虎になりたい人多いんじゃないかなあ.ていうか虎のよくできた着ぐるみとか着てみたいですよね.毛並みとかよさそうだし.それでうっかり着ぐるみ着ているときに声とか出しちゃって「その声は李徴氏ではないか」とか内臓バレしちゃうわけです.

 

 先日,大学の研究室の同期と「山月記」について話していたら,「実際には人間は虎にはならないと思う」って真顔で言っていたのが印象的でした.