呼吸

 人間は呼吸をします。人間は呼吸しますし、動物も呼吸します。動物はおろか、植物でさえも呼吸しています。オオカナダモを緑色の BTB 溶液に漬け込んでアルミで覆って一昼夜放置すると黄色になる実験は、中学理科の鉄板です。生き物は、みな呼吸をするのです。しかし、人形は呼吸をしません。呼吸をするかどうかは有機物か無機物*1 かを分ける分水嶺なのです。では、中に人が入っている着ぐるみ―人形―はどうでしょうか? 

 

 もちろん、着ぐるみそのものは呼吸をしません。しかし、中に人が入っている以上、その「着ぐるみさん」は呼吸をするのです。我々は、ここに着ぐるみの持つ有機性と無機性の間隙を見出し、異常な興奮と倒錯感を覚えるのです。「呼吸音」フェチと言われるジャンルです。「人形」であるはずの着ぐるみさんが呼吸し、肌タイに覆われた身体の輪郭が時々刻々と変化する様子は、中に人間が入っているという事実を、我々にまざまざと見せつけます。

 

 初めて着ぐるみを着たときは、その呼吸の苦しさに些か困惑しました(それよりも視界の狭さに驚きましたが)。被った瞬間は、別に息苦しさは覚えなかったのですが、徐々に面の中に蓄積する呼気と反響する閉塞感に、だんだんと耐えられなくなって、30 分程度で脱いじゃった気がします。ただ、これは気分的な問題で、被ってしばらくすれば定常状態になるため、慣れればそんなに苦しくありません。ただし、運動したとき、例えば着ぐるみの面を被ったまま DDR をしたときなどは、呼吸が整うのにかなり時間を要します。吸えば吸うほど吐く息も増えますので、面の中に自分の呼気が充満するからです。外から見たら、呼吸が荒くなっているのは分かりますが、表情一つ変えませんからね。有機性と無機性の共演とでも言うべきでしょうか、素敵です。

 

 面の中での呼吸は、しばしば鼻呼吸よりも口呼吸になりがちです。特にぬこ面の場合は、鼻が中で当たって潰れてしまうため、より顕著です。ただ、口呼吸の場合は、呼気に含まれる水分が多いため、結露するスピードが早くなってしまい、あまり好ましくありません。臭いの観点からもあまり褒められるものではないでしょう。ただ、口呼吸の方が"声"は出しやすいです。個人的には、着ぐるみさんの声も萌えポイントなので重要です。以前、「声があざといし、あと息づかいが可愛い」って言われたことがあります。別に、そんなつもりはなかったので、たまたまでしょうが、呼吸も操演の範疇に入るようです。息づかいに言及する人は初めて見たので、たぶんすごく業が深いお方なんでしょうね。らずはくんって言うんですけど。

 

 褒められると伸びるタイプです(主に股間が)。

*1:一般に、有機物とは一部の例外を除いた炭素を含む化合物であるが、これはそういった化合物が有機体(生命)の中でしか合成できないと考えられていたためである。したがって、僕がこういったコンテクストで「有機性」「無機性」という場合は、その生命体性に着目した言い回しであることに留意されたい。