自分を窮地に立たせる

 よく予備校や塾などで「合格者の笑顔」などと称して、「私はこの予備校で学んだおかげで、○○大学(高校)に合格できました。△△予備校の先生方は、みんなユニークで面白くて、授業も楽しく……」などと書かせるやつがあるじゃないですか。僕もご多分に漏れず、中学時代に通っていた塾と、浪人時代に通っていた予備校とでそれを書かされたはずなのだが、何を書いたのかあまりよく覚えていない。

 ただ、中学では、塾の合格実績稼ぎのためにコネで関西の有名私立高校に合格させてもらったにも関わらず、そこを蹴って(賢明な行為だったと思っているが)公立高校に行ったので、恩を仇で返したところがあり、ややわだかまりを残しての卒塾となった。「勉強ができること、いい学校に行くことが人間としての成功を意味するわけではない」という教育を親にしこたま受け続けていた。妹は、これまたなかなかのアホだったので、彼女とのバランスを取るためだったのかもしれないが、まあ結果としていい高校に行くことに自分の中で嫌悪感が生まれてしまい、その有名私立高校を自分の意志で蹴るに至ったのだ。それでも地元で一番の公立高校に行った。無双できたかというとそうでもなく、まあでも上の中くらいの成績ではあったと思う。

 それは結構なのだが、学年で10本の指に入るほどではなかったにも関わらず、驕り高ぶった僕は、身の程を弁えずに現役のときに果敢に京大にアタックして散ったのだが、あとで蓋を開けてみると、そこまでトンチンカンな成績でもなく、むしろあともう一歩か二歩くらいのところで滑っていた。しかし、不合格は不合格。高校に「京大滑りましたてへぺろ」という報告をしに行ったわけだが、不合格という現実を前に何を思ったのか、僕はその出身高校にある文章を寄稿したのである。

 それは、「不合格者の泣き顔」。合格者の笑顔のパロディを載せてほしいと先生に頼み込んで、これにノッてくれた先生がそれならということで、合格者の笑顔の最後に載せてくれたのである。「現役生はマジで受験寸前まで成績が伸びるから諦めないでほしいけど、それが合格のラインに到達するかは分からない。だから、現役生は受験直前まで石にかじりついて歯が砕けるまで勉強してほしい。合格の保証はできないけど報われるから」というような内容だったと思う。興奮した状態で書いたので、かなり支離滅裂な文章になっていたと思う。ちなみに、僕は石にかじりついていなかったから落ちたのである。さて"合格者"は、文字通り顔出しをして、ピースサインをしているのだが、僕は顔を手で覆い隠すような写真を載っけてもらったと思う。先生は演出家だった。このようなブラックジョークを受け入れてくれる高校には恐れ入ったし、何よりこのようなブラックジョークを高校にかませることができたというのは、ひとえに母校愛ゆえだろう。

 さて、僕がアホだったのは、この行為が自分にとって楔であり十字架であり足枷になりうるということに、いよいよ最後まで気づかなかったという点である。ひとはこういうのを背水の陣と呼ぶ。つまり、浪人して絶対に京大を受け、しかも落ちることができないということだ。「不合格者の泣き顔」は「I'll be back.」とセットなのである。当時の僕は、ただ単に自虐ネタに走っただけで、この文章・行為によって自分を追い込む、窮地に立たせる意図はなく、また窮地に追い込まれてるという意識すらなかった。僕は冒頭でアホだと言った妹よりアホな可能性が高い。

 Elyさんが以前TLで言っていて感心した言葉に「根拠のない自信を持て。根拠のある自信は根拠が覆されたら、もはや自信を持つことは不可能だからな」というものがあったのだが、僕は当時根拠のない自信に満ちあふれていたのだろう。結果的に京大には合格したのだから、根拠のない自信万歳である。

 一方、件の「不合格者の泣き顔」であるが、その後数年間、僕の真似をする人が何人かいたそうである。そして、その文章を寄稿した人たちは、皆翌年浪人してきちんと合格するというジンクスができたそうである。ちなみにみんな京大か阪大らしい。第一号としてちょっと誇らしい。