宗教で一山当てたい

今のお年寄りには信じられないことらしいが、今の若者はそれほど生きることに執着していない。

いや、もちろん美味しいものをたくさん食べたいとか綺麗なものをたくさん見たいとか面白いことをたくさんしたいとか、そういう欲はある。

しかし、積極的に人生というものを歩みたがる若者がどれほどいるかという話である。

まあ僕なんかは、もうこんな趣味を持っているので、真っ当な結婚なんかは諦めて、人生を軽く流してる。

周りを見て、積極的に結婚したがってる人は半数くらいだと思う。

なんなら着ぐるみクラスタに限って言えばある種のタブーにさえなっている。

さて、そんななか、例えば子供を何人産んで、老後はこんな暮らしをして……みたいな青写真を描いている人が今の若者にどれくらいいるかという話である。

もし、積極的に老後を含めた人生の青写真を描いている人がいたら、僕はきっとその人のことをよくできた人というよりは、ちょっとバカなんじゃないかとさえ思ってしまう。

というか、なんなら40歳か50歳くらいで死んでしまった方が、人生の設計はうまくいくような気さえする。

今の若者というのは潜在的に死にたがっているというのが僕の持論である。

死にたがっている、生きることへの執着がないというのは、決して自殺願望があるだとか希死念慮があるだとか、そういうたぐいの物ではない。

目の前にロープがあっても首を差し出すつもりはないし、電車が自分めがけて飛び込んできたら、おそらく逃げるだろう。

なぜ、生きることがかくも憂鬱なのかというと、生きることは労働と同義だからである。

端的に言って働きたくない、楽して金を儲けたいのである。

さあ、ではどうやって金を稼ぐかである。

実はこのような話題に、かつて研究室になったことがある。それはJK(助教)が語っていたことだった。

助教とは20歳近く歳が離れているとは言え、この辺の価値観はどちらかと言えば我々に近いらしい。もっとも結婚して子供もいるから、僕らよりはよほど建設的なのだが。

そんな助教曰く、楽をして金を儲けるなら手っ取り早くは宗教らしい。
なるほど、ごもっともである。

そして、助教にはある宗教の考えを持っているらしい。

それが、潜在的に死にたがっている若者を緩やかに自殺させてあげる宗教である。
それは、安楽死なんかよりはもっと哲学的で、具体的な方策というのは思い浮かばないそうだが、とにかく未来に希望を失った若者をシームレスに生から死へ導いてくれる宗教なのだそうだ。

なるほど。僕が日々考えていたことをここまでピンポイントに撃ち抜く助教の発想というのには、頭が上がらない。

死にたいけど別に今日明日死にたいわけじゃない。1年後に死ぬとしてもちょっと困る。
楽しいことしたり美味しいものを食べたりはしたい。でも、別に積極的に生きたくはない。
緩やかに死にたがってる。
そんな閉塞感、厭世感を救う宗教である。
儲からないわけがない。

そこでふと僕は思い立った。
ああ、それはきっと昔でいう「出家」なのではないかと。

古文を読んでいたころは特に何も思ってなかったが、あいつら出家し過ぎである。

失恋したら出家、何かがうまくいかなかったから出家。ファッションで出家してるかのようである。

しかし、出家というのは画期的なシステムな気がしてならない。
世を捨て親を捨て友を捨て、よく分からない修行に励み、悟りを開くのである。
これは、ある意味、生きながらにして自殺ができているのではないか。

となると、昔の人も、本質的には死にたがっていたのかもしれない。

このご時世に出家する人はさほどいないだろうが、若者に対して出家に対して、カジュアルに"自殺"できるような宗教を提供できれば、かなり訴求心があるだろう。

残念ながら、僕が提供できる宗教は「はぁ……中の人は男性……」教で、ご利益は橋本ララにブロックされることくらいしかないが、もし怪しげな宗教を立ち上げて一山当てたいという方がいれば、僕にご一報くだされば、ともに変な宗教を立ち上げるのを手伝います。
若者からお金を巻き上げましょう。

夏場はセミしか食べない人の話

例えば、友人と一緒にご飯を食べに行こうということになったとしよう。その友人が普段僕らと同じようなものを食べているのなら、なんということはない。ほんと食べるだけというのならラーメン屋でもいいし、2時間ほどだべりたいなあというのなら、食べログで適当に評価の高い居酒屋でも選べばいい。なんなりと食べる場所はある。

ところが、その友人が、毎日毎日1万円近くするようなランチやディナーをTwitterInstagramに上げていたらどうだろう。少し一緒にご飯を食べに行くのを躊躇するだろう。

一方で、毎日毎日ジャンクフードやスーパー玉出の惣菜を食べていたら、これまた躊躇してしまう。こいつこんなに金ないのか、一緒にご飯を食べに行くところ選ぶの苦労しそうだなとか思ってしまうだろう。玉出の惣菜を食べられるなんて、普通ではない胃袋を持っているに違いない。

さらに、その友人が夏場はセミしか食べない人だったらどうしよう。あまりの美食家を食事に誘うのは躊躇するが、ひどい悪食家もこれまた誘うのに躊躇する。え、この人、ほんとにセミ食べるの、人間が食べるものとか口に合わないのかなと勘繰られ、最後には食事に誘われなくなってしまうことだろう。

着ぐるみ界隈の人間関係でも同じことが起きている。
着ぐるみ界隈も結局は人間の集まりなので、そのなかで緩やかなグループを作っており、誰それさんは誰それさんグループ、誰それさんは誰それさんと仲がいいみたいにして、なんとなくタグ付けされている。

そして着ぐるみ界には、目には見えないカーストというのがあり、そのカーストと上記の仲良しグループのタグ付けというのは相互に関係している。
すなわち"上位"の者と遊ぶと、その人も上位の者ということとなり、"下位"の者と遊ぶとゲフンゲフン

まあ、もっとも"上位"の者と遊ぶのも考えものである。あまりに意識の高い人たちと絡んでいると、面倒臭い・畏れ多いなどとして敬遠されがちになる。
つまり周りから、毎日1万円近くするランチなディナーばっか食べてると思われるのである。これでは、なかなか食事に誘ってもらえない。

一方で"下位"の者と遊ぶと、これはもう、周りからは夏場はセミしか食べない人と認識されるのである。そうなると、あの人と一緒に食事に行きたいなと思われても、「冬場はセミいないし、何を食べてこの人生きてるんだろう」みたいな心配をされるだけで、遊びに誘ってもらえないみたいな事態に陥ってしまうのである。

僕の師匠は、なかなかの悪食家みたいなところがあり、世で地雷と扱われてる人がいても、躊躇せずにそれを踏み抜いて、その爆発威力を楽しむみたいな趣味を持っている。
まあ、よっきーさんは脚が二三本吹き飛んでも、次の日の朝には生えてきてるので問題ないそうなのだ。なお、不発弾であることも少なくないそうだ。

が、セミばかり食べていると、いよいよ誕生日プレゼントでイナゴとか送りつけられてきそうなので、天下の美食博覧会と言われる白馬オフに参加したのがこないだの話。

僕の師匠は、カースト上位とされる、いわゆる"大御所"の主催者にちゅーをした上に、ちんこを揉むという、これまでの着ぐるみ活動経験を遺憾なく発揮する粗相を働き、見事Dポイント*1を獲得した*2
いかにこれまでの着ぐるみ活動経験で学んだことが誤りの連続だったかということの証左だろう。

よっきーさんは、僕と出会う前は、もっとまともな人だったんだけどね。僕と出会ってからがおかしくなってしまった。
よくもまあ僕みたいな人を弟子に取ってくれたものだ。
…………あっ、僕が美味しそうな"セミ"だったからか。

いやー、思わぬ結論に至りましたね。

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*1:出禁ポイントのこと。白馬は、美食博覧会であり、"ドレスコード"が厳しいので、ちょっとでも粗相を働くと出禁を喰らうに違いないという勝手な想像で生まれたネタ。

*2:冗談です。別に本当に出禁になってないです。念のため。

黒歴史

先日、リア友から、くっしーのブログは確かに小説として読むのならこれでいいと思うけど、エッセイとして読むなら、あまりにも改行が少なすぎる、と言われた。

 

そうなのである。僕のブログはあまりにも改行が少なく、一つのパラグラフが長い。これは、師である笹松氏のブログのスタイルに感化されたところも大きいが、もう一つ、僕が高校時代文芸部に入っていたことも関係している。

 

僕のブログをよく読んでいる方は、お気づきかと思うが、ちゃんと各パラグラフの初めは、1字下げている。すなわち、「小説」のときと同じスタイルを取っているのである。

 

また、僕は三点リーダー警察でもあり、「はぁ……中の人は男性……」というときは、きちんと三点リーダーを偶数個使っている。これは約物の決まりごとなのである。

 

とはいうものの、ブログは小説のように紙媒体で読むものではなく、ウェブ媒体で読むものなので、やはり読みやすさを重視するのなら、小説のような書き方でブログを書くのはどうにも相性が悪いのだ。

 

というわけで、今回から少し改行を多くして、ウェブ媒体で読みやすいよう心がけることにしてみた。

 

さて、本日のテーマは、「黒歴史」とのことである。お題箱に入っていたなかなか悪意のあるお題である。

 

かねてより恥の多い生涯を送ってきた僕にとって、黒歴史より白歴史のほうが少ない。黒歴史を挙げろと言われたら枚挙に暇がない。が、せっかく文芸部の話をしたので、黒歴史として文芸部の話をしよう。

 

文芸部の活動は、ずばり小説や随筆を書いてそれを部誌として発行することである。ああ、なんと分かりやすい黒歴史だろう。

 

自作の小説など黒歴史だと相場が決まっている。それを剰え図書室の前などに山済みにしているのだから、始末に負えない。自作の小説を公共の場所に置くだなんて、正気の沙汰ではない。若気の至りも甚だしい。

 

もっとも図書室に置いたところで、誰も身内以外手に取らないだろうから、問題ない。と書いて思ったが、減った部誌を補充した経験も多い。ということは、読まれているかどうかはさておき、確実に誰かの手に取られている。

 

ただし、その誰かは身内かもしれない。文芸部の先輩で、端的に言って画力がない先輩がいたのだが、その先輩が同期にはめられて、表紙を描かされることになった。その独創的な画風は、文芸部の中に衝撃を与え、カルト的な人気を博すことになった。

 

もちろん、本人にとっては、そのような現代美術に喧嘩を売るような絵の表紙の部誌は盛大な羞恥プレイなので、図書室の前を通る度に居たたまれなくなって、こっそりそれを持って帰っていたそうである。なので、家には15部くらい同じ表紙の部誌があったらしい。

 

部誌は、図書室だけでなく各教室にも一部配布されている。もちろん誰も気に留めないし、僕の高校の卒業生で、教室に文芸部の部誌が置かれていたことを覚えている人は、相当稀有な存在だろう。

 

ところが、定期試験などの日に試験監督の先生が、あまりに暇を持て余し、黒板の横に無造作にぶら下がっている部誌を見つけ、真面目な顔で暇つぶしに読み始めることがある。書かれている作品の8割はクソの山なので、なかなかシュールである。もっとも残りの2割くらいは、普通にガチの作品があったりして侮れないのだが。

 

言うまでもなく、黒歴史というエントリーで文芸部の話を書くくらいなのだから、僕が書いていた作品は無論クソの山である。3年間でたぶん延べ100ページくらいになっていたはずである。

 

どんな作品を書いていたか朧気な記憶になりつつあるものの、投げ出した連載が一本、なんとか完結させた連載が一本と、あと掌編がいくつかだったと思う。当時からTSFが好きだった僕は、密かに性転換物か入れ替わり物の小説を書いていた。

 

他の人もなかなか酷くて、投げ出した連載は数知れず。また、僅か8ページの作品を、3ページ、2ページ、3ページに分けて掲載し、「連載」だと言い張っていた例もある。

 

最大の黒歴史は、僕のペンネームが当時付き合っていた彼女の名前のアナグラムだったのいうのだから、もはや手に負えない。黒歴史としては殿堂入りにしていいレベルの華々しさである。

 

でも、まあそういう黒歴史ってあとから振り返ると、いい思い出だったりもするのだ。全く黒歴史のない人というのは、それはそれで寂しい。黒歴史というのは通過儀礼でもあるのだろう。

 

まあ、真の黒歴史なんて、普通にブログとかでも書けないと思うけどね。

 

お題募集しています。

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文章を書くという行為について

 先日、夏の賞与が出たのですが、まあ、諸手を挙げて喜べるような内容でもなく、仮に僕が今の会社を辞めたいと思ったときに、後ろ髪を引かれる要素になるか、背中を後押しする要素になるかでいうと、後者でした。僕は労働にさして価値を見出す人間でもなく、むしろ見出すことは愚かで、避けるべきとさえ思ってるので、それでいいのかなあという気持ちのほうが強いかもしれません。柔らかな絶望に包まれながら、人生を惰性運転している僕にとってはそれが最適解のような気がします。

 さて、文章を書くという行為は、高尚なもので、ある程度の知的教養の備わった者のみが、自分の思想や哲学を文章にして表すことを許されるのです。その行為は、特に自分の文章を誰かに読まれなくても、まあまあ気持ちいいので、一種の自慰行為、すなわち高尚なオナニーと言えるでしょう。ただ、普通のオナニーもある程度体力を消耗するらしいです。特に我々のような着ぐるみで鏡を見ながらオナニーをする種族にとっては、着ぐるみを着るという活性化エネルギーの壁を超えるのがなかなか億劫で、ある程度体力と気力を持ったときしかできません。文章を書くのも同様で、ある程度体力と棋力が残っていないと、なかなか満足に文章を書くことができません。わりとこのブログも自分に鞭打って書いているところがあります。

 僕がブログを始めた理由は、大きく分けて二つあります。一つは、長い文章を書くという行為に憧れたから。もう一つは、長い文章を書かねばならないという危機感を持ったからです。前者についてですが、僕がブログを始めたきっかけは、笹松氏です。氏の書くブログを見て、よくもまあ日本語をここまで巧みに操りながら、真面目な顔をして馬鹿なことを書けるものだと感心しました。そういった"知的オナニー"に憧れ、自分もあんな文章を書きたいと思ったことが始めたきっかけでした。後者については、以前はホームページなどに僕秩に影響を受けたようなテキストサイトライクな文章を書いたり、あるいはBBS(爆)に長い文章をカキコ(核爆)したりと、ある程度の量を持った文章を書くことをやっていたのですが、最近ではTwitterばかりやっていたもので、140文字以上の文章を書く機会が激減し、多分脳みそが萎縮してるに違いないと危機感を抱いたことです。別に学校に提出するわけでもないくだらない文章なので、推敲だなんて崇高な行為は必要ないのですが、それでも論旨が一貫してるか、変な文が出現してないか、Twitterなんかよりはある程度気を使います。脳のトレーニングです。

 以前はタイトルがしりとりになるようにブログを連綿と続けていたのですが、どうしても書きにくいお題が出現したり、書きたいお題を出現させるために強引にそれまでの単語を繋げたりとやっていました。それはそれで楽しかったのですが、やはりフラストレーションが溜まってしまったので、結局撤廃し書きたいことを書くようになりました。でも、どうも"書きたいこと"をテーマにすると、労働とかのことが主題になり後ろ向きになりがちなところがあります。学生の頃にやっていたら、もっと明るい話題が書けたのでしょうか。あの頃は、空が青いだけで無敵だと思っていましたからね。馬鹿なんじゃないかと思います。まあ、今も馬鹿なんですけど。

 コミケ落ちたし、もっと着ぐるみのことをブログに書こうかな。

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社会人になってから1年と少し

 僕は今なお性質の悪い冗談としてしか受け止めていないが、どうやら僕は社会人になってから、とうに一年を過ぎているらしい。配属されてからカウントしてももう一年になる。正直なところ、しっくりきていないというのが実情である。結婚願望というものを完全に捨て去り、大学院を卒業してから、人生は消化試合に入ったと信じて疑わない僕は、社会人になってしまったということは、ひょっとしたら何らかの間違いだと疑っている。明日目が覚めたら、またあの桂の坂を登り始めるのかもしれないし、なんなら吉田山の蝉の声の海を泳ぎながら、ろくに聞くつもりもない授業を聞きに行くかもしれない。あるいは、近鉄長野線に乗って、吹奏楽部の奏でる日常に揺蕩いながら、気怠い午後の風を浴びて部誌を製本しに行くかもしれない。

 僕の居場所というのは、確かにあそこにあったはずで、震災があったら崩れてしまいそうない今のビルのあの一角が居場所じゃないような気もしてる。それでも、案外日常というのはシステマティックに訪れるもので、確かにあそこに行くと、僕の席があって、なるほど僕の仕事もあって、怯えつつも、まあ頼りになる上司がいてくれて、そして口座を覗くと確かに給与が振り込まれていて、ああやっぱりここが僕の居場所になってしまったのだなあと釈然としない感情と付き合いつつも、僕は小さく生きていっているのだ。

 これは、"着ぐるみ警察"に怒られそうな話なのだが、僕が一番"居場所感"を覚えるのは、着ぐるみ界隈である。正直なところ、僕は着ぐるみについて自信がある方だと自負してる。着ぐるみ関係の活動に関して、概ね不自由なく、かなり楽しい活動をさせていただいていると思う。もちろん僕の背中を押してくれた方が与えてくれたきっかけから芽吹いたのであるが、それに加えて敬愛する師匠のおかげで、ここまで来れたことは、もはや疑う余地はない。

 ところがである。師匠であるよっきーさんなくして、僕の着ぐるみ人生は語れないなどと言っているが、僕が着ぐるみを始めてからよっきーさんに出会うまで実は9ヶ月かかっている。そして、初めて椛を着させてもらったのは、実はそれから半年後、すなわち着ぐるみを始めてから1年半後なのである。僕の着ぐるみ活動の方向性が、よっきーさんの椛で定まったことは頻繁に書いているので、改めて書くつもりはないが、強調したいのはその椛になるまで、着ぐるみを始めてから1年半もかかっているのだ。

 さっき居場所感がしっくり来ていない、と書いた会社に入って、配属されてから、まだ1年経っていないのである。たった1年である。つまり、僕はまだ椛を着たことがないのである。趣味ですら方向性が定まる機会に出会うまで1年半もかかっているのだ。だったら仕事で1年なんて、まだしっくり来ていなくて当然で、それで全然いいんじゃないか。僕はまだ椛に出会えていないのだから。こう考えると、不思議なくらい僕のざわざわした心は鎮まって、「ああ、まあ、こんなもんなら及第点じゃないの」と思えるようになった。別にブラックな会社というわけでもなさそうなので、「まずは三年」という言葉を馬鹿正直に受け止めて、このしっくり来ない日常を受け入れて、機が熟すのを待つというのがなんだかんだで一番賢い選択なのではなかろうか。

仕事の話は誰にも望まれない

 これは僕の持論なのだが、ニコ動にコメントをする頻度というのは年齢に反比例する。それこそ浪人生や大学一二回生の頃は、一本の動画に10個や20個もコメントをすることは少なくなかった。それも「wwwww」や「すげえw」、「吹いたw」、「アホやろw」などという内容の薄い賑やかしのようなコメントである。ところが、研究室に入った頃から、ニコ動を見る頻度も激減。社会人になってからはさらに減った。ただ、それよりも目に見えて減ったのが、「コメントをする頻度」である。億劫なのだ。コメント欄にカーソルをフォーカスさせて、何らかの文字を打つという行為が。言ってることはもはや鬱病患者のそれのようだが、たぶん鬱病患者じゃなくてもコメントの頻度が減ったという社会人は僕だけではないと思う。要するに、脳みそが社会人ナイズされて、だんだんそういう"若さ"みたいなものがなくなっていくのである。慣れない仕事に身を置いて、水に打たれる石のように、少しずつすり減っていくのだろう。

 

 とかく仕事の話というのは、赤の他人に話しにくいものである。学校の先生のようにドラマに満ち溢れた話題があるわけでもなく、大学の研究室のプライベートと地続きになっていて面白い話題があるわけでもない。真面目な話題か、さもなくば辛い話題か理不尽な話題しかない。仕事の話を他人に話すときなんて、それこそうつ病のSOSくらいである。あるいは上司や仕事の愚痴か。幸いなことに、うちの職場は確かにいい人が多いので、あえて愚痴を言わなければならないことも少ない。真面目な話を他人にしようとしたら、まず前提や背景の説明にエネルギーを消費する。挙句、話している最中に、自分の話していることが要領を得ていないことに気づいて、「そりゃ上司もイライラするわ」と自責モードになることも珍しくなかろう。かといって同期に話すのも嫌である。特段、利害関係があるわけでもない(別に競争の激しい会社でもないし)が、中途半端に当事者なせいで、生々しいのである。あるいは、虚勢や見栄を張りたくなって、テクニカルな話題以外は仕事の話なんてしたくなくなってくるのである。

 

 かと言って、全くの第三者、着ぐるみ界隈の人に話すことでもない。天満の安居酒屋で望まれている話題が、僕の仕事の話題でないことなんて百も承知である。。むつふさくんも社会人なのだが、彼もまた仕事の話は殆どしない。どざいさんに、僕らの職場での話題を話したところで、彼は右上の虚空を見つめ、自殺へのカウントダウンを始めるだけだろうし、金麦がまずい酒だという事実を直視せざるを得なくなる。それはサントリーに失礼だ。よっきーさんに話すと、きっとよっきーさんは僕のことをすごく励ましてくれるだろうし、認めてくれるだろうと思う。たぶんよっきーさんは来年のノーベル平和賞を狙っているんだと思う。そして、よっきーさんの職場の話を聞くと、あまりに理不尽すぎて、聞いてる側が憤死してしまうようなエピソードのオンパレードで、むしろこっちが逆に、甘えたこと言ってすみませんでしたと土下座したくなるのがオチである。

 

 結局、まあ、仕事の話というのは、特に誰に話されるわけでもなく、人々の心のなかで灰色に塗りつぶされて、そっと放置されているのだ。

着ぐるみさんにキスはいつからするようになったのか

 本日は、お題箱に投げられていたこちらのお題から。すっかり忘れ去られていただろうと思っていて、もっぱら自分のネタ帳として利用していたお題箱に、まさかお題を入れてくれる方がいるとは。ありがたい話である。

 

 さて、着ぐるみさんにキスの話であるが、実を言うと、これは僕が美少女着ぐるみという業界の門戸を叩いたときまで遡ることができる。僕がまだ幼気な少年だった頃、「死ぬまでに一度は着ぐるみを見てみたい、あわよくば着てみたい」などとTwitterで言っていた僕に、なんと声をかけてくれた方がいたのである。今でこそ、こういう行為は忌避されるところであるが、当時はそんな僕にも声をかけてくれる人がいて、今よりも牧歌的な時代でもあったのだ。

 

 その方との邂逅は、宅オフでサシオフだった。今考えてみると相当のVIP待遇である。その方と1時間か2時間ばかしの世間話のあと、別室で着替えてきて――"召喚"してくれたのである。ストリートフェスタなどで遠目で見たことはあれど、独占的な形でこんなに身近に着ぐるみを見れるという機会を設けてもらった僕は、それはもう初心者全開で、照れまくって目は合わせられないしどろもどろという初心な醜態を曝してしまったようである。それに気を良くしてなのか面白がってなのかは定かではないが、思考回路ショート寸前の僕に、あろうことかその着ぐるみさんは、僕にキスしてくれたのである。

 

 今でこそ「はぁ……中の人は男性……」などというフレーズを手垢のついたように使っているが、当時はまだ性別の転倒という着ぐるみの原始的な魅力をうちに秘めて感じていた。「あ……僕、やばい今、目の前の美少女にキスされた……でも、ああ……、、その美少女の中に入っているのは男性なんだよな? ああー、今僕もう戻れない橋を渡っている……」。頭の中と目の前はぐるぐる。着ぐるみの不思議な魅力に取り憑かれ、今思うと、この時点で僕のカルマには逃れられない楔が打ち込まれた気がする。

 

 というわけで、僕にとって着ぐるみにキスをするということは、僕に着ぐるみのいろはを教えてくれた時点で、刻み込まれたことだったので、殊更着ぐるみさんにキスをすることは、特に業が深いだとかそういう印象は抱いていない。むしろ最も原始的な愛情表現だと思うし、もっと言えば股間のおさわりだとかなんだとかする前に、そういう愛撫表現があって然るべきだろうとさえ思っている。

 

 僕にとって着ぐるみさんにキスをするということは、おそらFRPの"味"をしめたときから、不可分だった。それが証拠に僕にまだあやめ面しかいなかった時代ですら、他人に着せたときによくキスをしていたことを覚えている。普段は無機質で冷たいFRPの素材の温度であるが、中に人が入ることで吐息で内部温度が上昇し、キスをするとちょうど人肌のような温度になっているのが分かるのが好きだった。

 

 今では僕が中の人で、僕の着る着ぐるみさんを見て照れているのが嬉しくて面白くて、僕が最初にそうされたように自分からキスをすることもある。フェチシズムと業の再生産である。生殖活動を全否定し、少子化に加担する日本国民の敵のような行為をしているのである。

 

 なお、何をとち狂ったのか、ここ最近僕の師匠は、もはや着ぐるみなしで、素の状態でキスをしてくるようになってきてしまったが、それはまた別のお話。