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風呂

 大学入学時(吉田時代)、それから桂に引っ越してきたとき、そして就職したときと、今までに 3 回の引っ越しを経験していますが、吉田時代と桂時代ではユニットバス*1でした。学生時代には家賃に制限があったため、いろいろ妥協せざるを得ないことが多く、真っ先にお風呂とトイレが妥協点になっていました。今思うと吉田時代は今ひとつなところに住んでいましたが、桂時代では駅に近くスーパーやコンビニも近所にあり、1DK という広い間取りだったのでなかなか悪くないところに住めていたと思っています。

 

 ただ、ユニットバス。あれは人類がしてはいけない発明だったと思います。風呂とトイレ。人間の生活において、もっとも清浄なものと不浄なものを隣り合わせにしてしまうのです。いくらなんでも頭おかしいでしょう。発明した人は弾劾されるべきだと思います。「ちょwwwwいいこと思いついたwwww風呂とトイレを一緒にすれば場所を節約できるんじゃね?wwwwwwww」というスレを 2 ちゃんに立てても >>2 で「ねーよ」と書かれて dat 落ちする、それくらい荒唐無稽だと思っています。およそ文化的な生活をする人間が思いついてはいけない発想です。

 

 風呂とトイレを一緒にすることで、間取り上、場所の節約をすることができます。「狭い」ということは、邪悪な結果を生むことが多々あります。弊社の工場の設備も、限られた土地に無理な増築を繰り返した結果、工場全体が不可思議な構造を持つからくり屋敷のようになってしまい、事故や作業性低下の根本的原因になっています。「狭い」という環境こそが、ユニットバスなどという狂気の発想に至らしめた原因なのでしょう。

 

 そこで、就職するにあたって、家賃を 1 万円ほど上乗せして物件を探すことにしました。その結果、見事、3 点セパレート(かつ室内洗濯機)*2という神物件を見つけることができました。確かにユニットバスも慣れれば、不自由なく使うことができます。シャワーを浴びた後はトイレはびしょびしょ、どんな冬でも浴槽にお湯は溜められず、ただお湯を被って立ちっぱなしでトイレの隣で身体をごしごしと擦るだけという侘びしいものですが、感情を殺せば問題ありません。しかし、今は夢のセパレートです。広い空間で椅子に座って身体を洗い、すね毛を剃り*3、髪を洗うことができます。湯船にお湯を溜め、入浴剤なんかを入れて、労働で軋んだ身体をじっくりと癒やすことができます。お湯に浸かりながら、スマホでブログを書くことさえできます。なんと文化的なのでしょう。

 

 やはり、日本人は、湯船に浸かってこそ、人権を獲得することができるのです。まあ、夏はシャワーで十分ですけどね。

*1:ここでは、トイレ、風呂、洗面所が一つになった三点ユニットバスのこと。

*2:しかも間取りは 1DK で、桂時代より広く、収納は桂時代の 3 倍以上の収容力を持つ。

*3:陰毛は剃らない。