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後に引けない状態を作る(後編)

 かくして、初音ミクの着ぐるみを着て、「みくみくにしてあげる♪」を踊るというミッションを課せられた僕は、ダンスの練習をすることになった。

 やはり、YouTubeニコニコ動画などで踊り手さんの動画を見て、それを見様見真似でやってみるという方法を取ることになる。まず、動画を左右反転するプラグインを入れ、鏡のようにして動画を再生することから始まった。HTML5、何者かは知らないが奴は便利である。さらに、YouTubeの機能として再生速度を0.5倍速にできるというものがあるので、これらを駆使し、動画を解析する。
 いくつかの動画を見て、やはり微妙に振り付けの違いがあったり、また多少なりとも上手い下手がある。「あ、こいつそんなにうまくないな。これよりは可愛く踊れるようになるぞ」などと、身の程を弁えずに息巻いてしまうのである。人間というのはかくほどまでに馬鹿なのであるかと後ほど思い知ることになるのであるが。

 振り付けのもとになっている小倉唯の動画は、あまりにもキレがありすぎて、「なるほど分からん」という状態になったので、大川麻理江という舞台女優がミクのコスプレをして踊っている動画があり、また彼女が可愛かったので、基本的にそれを参考にすることに決めた。
 やることは0.5倍速にした動画を4小節ごとに再生しながらは止め、それを真似ながら、ああでもないこうでもないと悩みながら、鏡を見て違うと嘆き、というのを繰り返すわけである。ああ、なんて地味で情けないのだろう。

 ニコ動には数々の踊り手さんの華々しい動画が上がっているが、その背景にはこのような地味な積み重ねがあったのか。NFのニコテラで踊っている彼らに我々は魅了されていたが、そのうしろには地道な練習を重ねているわけである。
 喩えば、華々しく東大や京大などの難関大学に受かった人がいるとする。彼らが合格発表のときに飛び跳ねている場面を想像するだろうが、その背景には、例えば英単語のターゲットを一つずつ暗記したり、もしくは何度となく和積と積和の公式を書いて暗記したり、あるいは導いていたりするのである。華々しい成果は、地味な積み重ねの上に成り立つのである。と、ここまで書いて思い出したが、京大に受かっている僕は、結局最後までターゲットは勉強しきれなかったし、三角関数の公式こそ覚えてはいたが、極座標積分の公式は半ば投げ出した状態で受験に望んでいたのだから、救いようがない。いよいよ暗澹たる気持ちになってきた。

 さて、ダンスの練習は順調に進み、約1ヶ月でとりあえずはという段階までは来た。いったんここまでの成果を確認しようと自分が踊っているところを動画に撮って見てみるわけである。端的に言うと苦痛であった。なぜ、俺が俺の踊っているところを見なければならないのか。よほどのナルシストでもない限り、そこそこの拷問である。とは言うものの、人様に見せることを最後の目標としているのだから、まずは自分で確認せねばならぬ。避けては通れぬ道である。
 これで、ダンスがうまければ、この作業も楽しいのだろうが、例えて言うなら、センター模試を何度解いて自己採点しても60%くらいしか取れていないような感覚である。落第はしないかもしれないが、まあ京大は無理だよね、和歌山大くらいなら狙えるのかなあ、みたいな出来なのだ。挙句、最初の頃に「こいつよりは可愛く踊るぞ」と低く評価した動画をもう一度見直して、「いや、この人も結構うまいじゃん」などと思い始めるのである。それはさながら旧帝大を目指して受験勉強を始め、関関同立を嘲笑っていた受験生が、最終的に日東駒専くらいで満足しちゃう構図と同じであった。まあ、世の中にはピン大でも? 立派な人も? いるし? いいんじゃないかな?? などと自分に言い聞かせ始めたのである。

 自分の士気もリーマンショックのごとくガタ落ち、これではいかん、とせっかくなのでミクさんを着て動画を撮り直す。苦痛感はだいぶ軽減されたが、まあ、なんというか「違うコレジャナイ」と苦しむわけである。もっさりしてる。Nexusのようなスマホを夢に描いていたのに、初期の東芝スマホみたいなのが出てきたわけである。せっかく可愛いミクさんなのに、そのミクさんを可愛く操演できない自分が恨めしく、申し訳ない。よく創作で指摘されることだが、自分が書いている以上、小説の登場人物は絶対に自分より聡明なキャラには描けないという話を聞いた。当然のことながら、中に僕が入っている以上、ミクさんは僕以上の動きはできないのだ。それこそが着ぐるみなのだと思い知った。素敵だけどちっとも素敵じゃない。

 あと、着ぐるみを着て踊ると気づく点が何点かあった。
 ミクさんは視界の良い面なので、その点ではさほど苦労はないのだけども、ツインテールが邪魔である。荒ぶるツインテールを自分の身をもって体感できるのが着ぐるみの魅力である。普通に踊ってる最中に自分の手でツインテール引きちぎりそうになるからな。
 あと、頭が重い。ミクさんの面は軽い方ではあるが、やはりツインテールにはそれなりの重量があり、ただてさえ体幹の安定していない僕は、踊るとふらふらする。
 それから、流石に飛んだり跳ねたりするから息が苦しい。普通に着ぐるみなしで踊っていても、暖房を消す運動量である。わずか2分の曲を踊りきっただけで、5分は肩で息をしながらうずくまるのだ。MMDでミクさんは何事もないかのように軽やかに踊っているが、彼女の体力はすごい。ユースケが「剛はダンスをやっているからな」とダンス万能説を唱えるが、ダンスができる人はすごいのだ。で、肩で息をしていても、鏡の中のミクさんは表情一つ変えないので、すごく着ぐるみらしくて興奮する。オナニーしたい。違う、そうじゃない。

 はっきり申し上げて、現在スランプに陥っている。練習を始めてから2ヶ月、才能を持たない人は何をやっても駄目、というところをしみじみ感じ始めている。
 まあ、記念受験みたいなもんで、結果はどうでもいい、と開き直ってもいいだろう。昔、電波少年でとんでもないアホを東大に合格させる企画があったが、センターで足切りすら超えられず、結局日大に合格させて終わりというのがあった気がする。そういうのでもいいんじゃないか。
 ただ一つ言えることは、こうしてブログの記事を書いてしまった以上、「後に引けない状態」になってしまったことだ。なかったことにはできない。というわけでミクさんのダンスComing Soon(白目)。